今の様な作風になったのは、つい最近のことである。私の作品を知っている人には随分と変わったように受け取られるようですが、私の中では大きな変化はなく、一貫してして流れている「視えないモノ」の存在がある。それは「神」や「伊勢神宮の宮司であった父」の血にあるようだ。私を突き動かしているエネルギーが新たな表現に漕ぎ出す力になっている。

神の通る道

絵を描く事は、まず白を塗る事から始める。

何も迷うことはない。

使う色は白色、赤色と黄色、そして緑色と紺色。五色しか使わない。

道の白色、東から昇る太陽の赤色と西に沈む夕日の黄色、山の緑色、川の紺色。

この五色で絵は描けるのである。

神職は白色を纏い、神に近づく。

全ては白が基本である。

伊勢神宮にも白と黒の世界が存在する。

白色は神なり、黒色は人間そのものなり。

無になることは難しい。

「白から黒に」は簡単でも、「黒から白に」は不可能に近い。

考えずに色を塗ることは不可能だと思われるかもしれないが、私は考えないのである。

考えていたら前には進まない。 筆を握った手がワッと描くのである。

その時は無になる。

それは、すなわち「白」である。

七十七歳にして一気に描いたけれど、今度はいつ描けるのか分からない。

描きたいという衝動がいつ起こるのか、自分にも分からないから不思議である。

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